レンタルスペースの事件簿

創業融資

「マリー・アントワネットは言いました。『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』と。だったら僕だって言っていいはずです。『自分の土地や部屋がないなら、他人の部屋を借りてレンタルスペースにすればいいじゃない』と」

 

これが、すべての悲劇の始まりでした。

 

都内でしがないシステムエンジニアとして働く僕は、ずっと「副業で不労所得」という甘美な響きに憧れていました。YouTubeやSNSを開けば、「空き部屋を借りてインテリアを整えるだけ!月利30万のレンタルスペース投資!」なんて景気のいい言葉が躍っています。

 

「これだ。これなら僕の乏しいお小遣いでも勝負できる」

 

僕はすぐに行動を起こしました。形から入るタイプの僕は、副業バレを防ぐため、そして何より「社長」と呼ばれたい一心で、なけなしの貯金を叩いて「合同会社」を設立。登記簿謄本に載った自分の名前を見て、ニヤニヤが止まりませんでした。

 

しかし、現実は非情です。
目星をつけた新宿の一等地にあるマンションの一室。初期費用、家具・家電の購入費、ちょっとオシャレな壁紙の施工費……。計算していくと、どうしてもあと200万円足りない。

 

「サラリーマンの給料からこれ以上出すのはキツい。……よし、国(日本政策金融公庫)に借りよう。僕には『合同会社』という立派な城があるんだから」

 

この時の僕は、完全に調子に乗っていました。まさかその数週間後、公庫の面接室で、百戦錬磨の融資担当者から「現代の怪談」を聞かされる羽目になるとは知らずに。


夢の合同会社、公庫の牙城へ突撃する

ネットでダウンロードした創業計画書をそれっぽく埋め、僕は日本政策金融公庫の面談室のドアを叩きました。

 

対面したのは、グレーのスーツを隙なく着こなし、フレームの細いメガネの奥から「絶対に焦げ付かせない」という強い意志を放つ融資担当者(仮名:金子さん)。

 

金子さんは、僕が提出したピカピカの「合同会社の登記簿」と「レンタルスペースの事業計画書」をパラパラとめくり、静かに口を開きました。

 

「非常に興味深い計画ですね。つまり、『他人の賃貸物件をさらに又貸し(転貸)して、時間貸しのスペースとして利益を得る』。そして、そのための開業資金をうちから借りたい、と」

 

「はい!今の時代、シェアリングエコノミーですから!所有から利用の時代です!」
僕はドヤ顔で、ネットの受け売りの横文字を炸裂させました。

 

金子さんはメガネのブリッジをクイッと上げ、優しく、しかし心臓が凍るようなトーンでこう言いました。

 

「なるほど。では、お聞きしますが……もし明日、物件のオーナーから『やっぱり又貸しは困るから、今月で出て行って』と言われたら、翌月からの返済はどうされますか?」

 

「えっ」

詰み、そして論破。面談室で流れた冷や汗

僕の脳内が一瞬で真っ白になりました。
「え、いや、契約の時に『レンタルスペース用途での転貸OK』という特約をもらう予定ですので……」

 

「ええ、その特約は素晴らしい。ですが」と、金子さんの追撃の手は緩みません。

 

「それはあくまで『民間の賃貸契約』ですよね。オーナーが破産してビルが丸ごと差し押さえられたら?近隣から『夜中にパーティーをしてうるさい』とクレームが殺到して、管理組合から強制退去を求められたら?……山田さん、あなたのビジネスは『他人の持ち物』の上に砂の城を建てている状態なんです」

 

畳みかけるように、金子さんは創業融資の「本質」を突きつけてきました。

 

「私たちが融資をする際、最も重視するのは『事業の継続性と安定性』です。ご自身で物件を所有している、あるいは実店舗として長期の賃貸契約を結び、地域に根ざして営業されるなら、実体があります。しかし、転貸のレンタルスペースは、『オーナーの一言で明日にも売上がゼロになるリスク』が常に付きまとう。失礼ですが、これは事業というより、ただの『投機』に近い」

 

さらに、僕の「副業」というスタンスにも容赦ないメスが入ります。

 

「山田さんは本業がエンジニアで、この会社は副業ですよね。もしトラブルが起きて深夜に警察やオーナーから呼び出された時、本業を放り出して駆けつけられますか?本気でこの事業に命をかけている、という『覚悟の実体』が、この計画書からは見えてこないのです」

結末:チーン。不採用通知とニトリのコタツ

創業融資

結果は、言うまでもありません。
数日後、ポストに届いた公庫からの封筒には、テンプレ通りの「総合的な判断の結果、今回はご希望に添えず……」という文字。

 

僕の「合同会社レンタルスペース一号店」の夢は、一瞬で水泡に帰しました。

 

今、僕は設立費用だけを失った無駄に格式高い「合同会社」のハンコを握りしめ、自宅のニトリのコタツでこの文章を書いています。

 

今回の失敗で学んだ教訓はシンプルです。

 

レンタルスペースの開業に創業融資が使えるか?
結論:「理論上は使えるが、他人のフンドシで相撲を取るスタイルの副業サラリーマンには、公庫のボスは1円も貸してくれない」。

 

もしこれからレンタルスペースで融資を狙う人がいるなら、どうか僕の屍を越えていってください。必要なのはオシャレなインテリアの知識ではなく、「トラブルが起きても絶対に事業を継続させる」という、泥臭いまでの実体と覚悟の証明です。

 

さあ、明日も本業のシステム開発、頑張ろうっと……。

 

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